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AIと商標業務の再考②

<新着コラム> 2019年12月9日

前回のコラムでは、現在のAI(人工知能)の特徴を踏まえた上で、商標業務において、どのようにAIの活用ができそうかを検討してみました。

今回は、逆に、どのような商標業務にAIの活用が難しいと考えられるかを、商標弁理士の視点から検討してみたいと思います。

なお、前回と同様に、本記事は現時点での当職の理解の範囲内によるものです。
当職はAI技術の専門家ではありませんので、理解不足や間違った指摘等も含まれているかもしれませんが、何卒ご容赦いただけますと幸いです。

では、まずは前回のおさらいとして、現在のAIの特徴を見てみましょう。

① AIは、結局はプログラム
② AIのプログラムを書くのは、結局は人間
③ AIは、結局はプログラムしたことしかできない
④ AIは、意味を理解していない
⑤ AIは、理由を教えてくれない

世の中は「AI、AI」と騒いでいるけれど、そこまで万能とまでは言えないよ、ということでしたね。


1.AIの活用が難しいと考えられる商標業務

それでは、現在のAIの特徴を踏まえると、どのような商標業務にAIの活用が難しいと考えられるかについて検討していきたいと思います。


(1)商標の識別力の有無の判断

AIは言葉の意味を理解できない以上、これを商標の識別力の有無の判断に活用することは、きわめて難しいと言わざるを得ないでしょう。

もちろん、機械学習によって、AIが言葉の意味をある程度把握することは可能でしょうし、大量の登録例データと拒絶例データを用いることで、特許庁における識別力の有無の判断傾向をつかむことは可能でしょう。このようなAIプログラムを作成することも、一応は可能だとは思います。

しかし、実際の識別力の判断が、そんなに単純ではないのはご存じの通りです。

識別力の判断は、商品や役務との関係も考慮する必要があるところ、AIがその商品や役務の内容まで理解できるかと言えば、さすがに難しいでしょう。そうすると、やはり適切な判断を下すのはなかなか難しいと言わざるを得ません。

また、識別力の有無は、時代によっても変わっていくものです。
ある商標が、10年前には特許庁で識別力なしとされたのに、現在では識別力ありとされることも十分起こり得ます。もちろん、その逆の場合もあり得ます。
そうであれば、過去の登録例や拒絶例のデータをAIが大量に学習したところで、「今の時代」における適切な判断ができるとは到底思えません

そもそも、商標に未知の言葉が使われてしまうと、AIにはもうお手上げということになってしまうでしょう。この場合、インターネット上での使用例を探してきて学習するという手段も考えられますが、それだけでは前述した商品・役務との関係性までも把握することは難しいと思います。

このように見ますと、やはり「商標業務のキモの1つ」とも言える識別力の有無の判断については、感性を働かせることができる人間こそが担うべきと考えられます。


(2)商標の類否判断(※図形商標同士を除く)

図形商標同士の類否判断ではAIの活用も有効と考えられますが、それ以外の場合の商標の類否判断においては、やはり厳しいものがあろうと考えられます。

AIに類否判断をさせようとする場合、基本的には、商標審査基準などの内容(判断基準)をプログラム上で再現しつつ、過去の類否判断データを大量に学習させることになろうかと思います。しかし、これもまた、類否判断の傾向はつかめるとしても、個々のケースで実用に耐えられるレベルの判断ができるかは疑問です。

たとえば、AIに商標の要部の認定は可能なのでしょうか?
要部の認定は、商標の態様だけでなく、商標を構成する要素の一部の識別力の有無や、指定商品・指定役務との関係性も考慮する必要があります。前述のように、識別力の有無の判断だけでも難しいと考えられるのに、このような複雑な事象まで現在のAIが判断できるとは、残念ながら考えにくいと思われます。

また、商標が一連一体として把握されるべきか、分断して把握されるべきかという判断も、同様の難しさがともなうことでしょう。

そしてなにより、商標の類否判断においては、商品や役務の「取引の実情」も考慮する必要があります。取引の実情は、言葉では表現・理解ができるとしても、これをプログラムで利用できるように数値化等することは難しいでしょう。
そうであれば、AIが類否判断をするにあたって、これを考慮することは「ほぼ不可能」と考えざるを得ないでしょう。

結局、とりあえず商標の類否判断を行なうようなAIプログラムを作るだけなら不可能ではないと思いますが、それが実用に耐えられるような十分な性能を持ち得るかといえば、現時点においては「NO」ということになるかと思います。

やはり、識別力の有無の判断とならんで「商標業務のキモの1つ」と言える商標の類否判断についても、依然として人間こそが担うべきものと考えられます。


(3)指定商品・指定役務の検討・提案

商標登録出願の際には、願書に記載する指定商品・指定役務の検討が重要です。

この記載内容が甘いと、本来必要な部分に登録ができていなかったり、まったく意味のない登録をしてしまうおそれがあります。ですから、その商標を使用する商品・役務はもちろん、出願人の事業内容や事業計画、商標の使い方、競業他社の使用状況など、様々な観点から総合的に検討する必要があります。

したがって、われわれ弁理士も、商標登録の依頼を受けた場合には、依頼人にしっかりと細かなヒアリングを行なって、最適な商標登録ができるよう、依頼人ごとに、個別具体的な提案を行なっています。
つまり、商標登録は、いわばオーダーメイドのようなサービスです。

このような綿密なコミュニケーションをも必要とする指定商品・指定役務の検討・提案については、上記のAIの特徴を考えるまでもなく、「現在のAIでは不可能」と言わざるを得ないでしょう。

なお、AIとは別の話になるかもしれませんが、弁理士が提供する商標登録サービスの中には、依頼人に商品や役務をネット上のフォームに入力させて(リストから選択させて)、そのまま出願を進めているだけのように見受けられるものもあります。このようなやり方は、たしかに依頼人にとっては手軽で面倒臭くないかもしれませんが、やはり専門的な観点からは望ましくないように思います。(もっとも、実際は依頼人ではなく主に弁理士がラクをするためのものなのでしょうが・・・)


2.今回のまとめ

ある書籍に、「AIの利用によって、商標登録の審査が3日で終わるようになる」といったようなことが書いてあるのを見かけたことがあります。

この作者が、商標登録について(AIについても)ちゃんと理解をした上で言及しているのかは不明ですが、上述のとおり、商標登録の審査の要とも言える識別力の判断や、商標の類否判断については、現在の技術レベルでAIを活用することは到底難しいでしょう。当職から言わせれば、「そんなわけあるか」という話です。

そもそも、審査をAIが行なえるようになるのであれば、特許庁の審査官は必要がないということになります。しかし、実際には、審査官が削減されているどころか、出願件数の増加でその需要は増しており、最近では民間から多数の「商標審査官補」の登用を進めて増員を図っているほどです。

もちろん、審査に無理やりAIを導入することは不可能ではないでしょう。
しかし、不完全なAIを利用すれば、結局、審査官は「確認のための審査」が必要になって二度手間となりますし、そのチェックをすり抜けて、明らかにトンチンカンな拒絶理由通知が出されれば、出願人や代理人にとっても余計な対応の負担が増えるだけです。

これまで見たように、商標業務のキモといえる部分については、現在のAIの活用は難しいと言わざるを得ません。AIの活用は、あくまで「補助的ツール」として、AIに任せてもデメリットがまったくない業務範囲に限定するべきでしょう。各所で様々な試みもなされているようであり、それらを否定・批判するつもりもありませんが、商標業務におけるAIの使い方を間違ってはいけないと思います。

なお、有名な「弁理士業務の92.1%がAIで代替可能」というのも、 はっきり言って、「そんなわけあるか」という話です。

手っ取り早く儲けたくて格安多売で商標登録に携わっているような弁理士はどうか知りませんが、少なくとも、商標業務に特化している「商標弁理士」だからこそ持っている強みの部分は、AIで代替することなど不可能だと思います。これは、日頃から商標弁理士として誇りをもって業務を行なっている多くの方々も実感しているところではないでしょうか。

たしかに、20年後、30年後にはどうなっているかはわかりません。
もしかすると、本当に商標登録の審査は3日で完了し、特許庁の審査官はいなくなっているかもしれません。弁理士の仕事もほぼAIに代替されているかもしれません。
しかし、そのような可能性の話など、今はいくら考えたところで無意味です

今のわたしたちには、世間の煽りや、「AI」という言葉に惑わされないことがもっとも大切ではないでしょうか。