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注意したい「商標の類似」に関する認識

<新着コラム> 2021年8月30日

商標の類似、すなわち、「商標が似ているかどうか」という点は、商標実務の中でも非常に重要な概念となります。

しかし、特許庁の判断において、この商標の類似範囲というものは、かなり狭いと言わざるを得ません。特に、この10年くらいの間に、「非類似(似ていない)」とする判断がかなり緩く出されるようになったという印象があります。

事業者の商標登録にかかる期待は高まっていると言える一方で、このような傾向で良いものでしょうか。また、事業者は、この現状をきちんと理解しているのでしょうか。

今回は、このような「商標の類似」に関する認識について、注意点などを述べてみたいと思います。


1.どんどん狭くなる?商標の類似範囲

商標登録をすると、商標権の効力によって、指定商品・指定役務と同一または類似の商品・役務について、他人が無断で類似の商標を使うことを禁止できます。

また、指定商品・指定役務と同一または類似の商品・役務について、他人が類似の商標を商標登録出願しても、登録は認められません。

今更ご説明するまでもありませんが、このように、商標実務においては「商標の類似」は非常に重要な概念となります。商標登録をする事業者としては、当然、この商標が類似するとされる範囲(似ている範囲)は、広く認められることを望むはずです。

しかし、平成の中期以降、特にこの10年くらいの特許庁における商標の類否判断を見ていると、この「商標の類似範囲」は、かなり狭くなっている印象があります。中でも、文字商標に関する拒絶査定不服審判の審決では、これが顕著と言えます。

たとえば、当事務所の「商標審決雑感」にもピックアップしていますが、最近の審決では、「FACT」と「FACT4」が非類似とされた事件(不服 2020-015326)や、「クリーンボックス」と「クリンボックス」が非類似とされた事件(不服 2020-9252)など、ごく僅かな違いしかない文字商標同士であっても、「似ていない」と結論付けられることが頻発しています。

類否判断が厳格だった昭和や平成初期の時代からすると、現在の潮流は驚くべきものと言えるかもしれません。おそらくですが、当時「類似する」と判断された商標同士を今、あらためて特許庁が類否判断すれば、その大半は最終的に「非類似」と判断されるのではないかと思われます。

このような商標の類似範囲が狭い現状では、商標登録の効果についても、思っていたより期待できないということになりかねません。事業者は、この点を理解しておくべきですが、残念ながら、大半の事業者は認識していない状況だと言わざるを得ないでしょう。


2.「自分の身は自分で守る」という発想が大切

商標の類似範囲が狭いと、具体的にどんな不都合があるのでしょうか?

まず、自分の商標と一見してかなり似ているのではないかと思われる商標について、他人が商標登録を受けてしまう可能性があります。商標登録が認められれば、その商標の独占的な使用のお墨付きを得たということです。その他人が後発のライバル会社であるような場合、そのようなことは到底看過できないというのが普通ではないでしょうか。

また、自分の商標とかなり似ているのではないかと思われる商標について、他人が無断で同じ分野の商品・役務に使用していても、「やめろ!」と言えなくなる可能性があります。しかし、その他人が、あえて商標の構成を「寄せて」使っているとすれば、これも問題視しないわけにはいかないはずです。

もちろん、商標権の侵害を判断する裁判所は、商標が似ているかどうかについて、特許庁とは異なった考え方をする場合も少なくありません。しかし、特許庁で「非類似」と判断された同様の事例が多ければ、相手方も反論しやすいでしょうし、裁判官の心証にも間違いなく影響するでしょう。さらに、上述のようにしっかりと商標登録がされていると、より状況は厳しいと言わざるを得ません。

このような状況に陥らないためにも、事業者には、「自分の身は自分で守る」という発想が必要だと言えます。その対策の一つとして、たとえば、類似するとは判断されない可能性が懸念される標章であって、他人に登録されると困るものや、使われると困るものを、想像力を働かせて先手先手で商標登録しておくことが考えられるでしょう。


3.防衛的な対策の一例

もちろん、こういった防衛的な対策を考えることは、状況によらず必要です。

たとえば、事業で商品に使っている「SION FIRE」を商標登録したとします。その後、派生商品を開発して、それらに使う「SION THUDER」と「SION BLIZZARD」も商標登録したとします。(※あくまで架空の事例です)

この場合、このまま商標登録の成功に満足して終わってしまいそうですが、メインブランドの部分といえる「SION」についても、商標登録をしておくべきでしょう。なぜなら、現在の商標実務における類否判断の考え方では、仮に他人が「SION」を出願すれば、(それが著名であるなどの特別な事情がない限り)これらの商標とは非類似と判断され、まず登録が認められてしまうからです。こうなると、ある意味で致命的と言っても過言ではないはずです。

近年の類似範囲がかなり狭い状況下では、この例以上に慎重な検討が必要でしょう。

とはいえ、このような防衛的な対策にも限界はあります。
たとえば、「SION」の商標登録をした場合、上述のように「FACT」と「FACT4」が非類似と判断された事件があるからといって、防衛的に「SION1」、「SION2」、「SION3」、「SION4」・・・を商標登録しようとするのは到底無理な話です。今の特許庁の類否判断手法では、どう頑張っても他人の登録を回避不能な商標のパターンというのも、たしかに存在しています。

また、防衛的な商標登録は、3年が経過後、不使用取消審判で取り消されるリスクがあることも忘れてはなりません。対策には、このあたりのバランス感覚も大切です。

しかし、だからといって何もしないわけにはいかないでしょう。
問題視せざるを得ない他人の商標が商標登録された場合、異議申立てや無効審判の請求をしっかり行ない、相手方にその姿勢を知らしめることは大切です。そして、相手方が、対応が面倒だからもう使うのはやめようとか、二度と他人の商標に寄せた商標を採用するのはやめようなどと思い知る程に、時には「追い詰める」ことも、自己の大切なブランドを守るためには必要と言えるかもしれません。

「商標を守る」ということは、決して簡単ではないということです。
事業者の皆様には、ぜひ認識しておいていただきたい点です。


おわりに

今回は、近年の特許庁の判断において、商標が類似とされる範囲はかなり狭くなっていると言える点、そして、このような現状を踏まえて、自己の商標を守るために事業者が認識しておくべき注意点について述べました。

ところで、そもそも、なぜ商標の類似範囲は狭くなっていくのでしょうか?

たしかに、「似ているか似ていないか」の感覚は、その時代や社会的背景によっても変化していくものだと言えます。世の中に多様な商品・サービスが溢れている中、需要者の商標を見る目が高まっているとか、その理由はいろいろ考えられそうです。しかし、個人的には、「あまり厳格に類似とすると、商標登録ができる商標がそのうちなくなってしまうから」というのが、大きな理由ではないかという気がしています。

つまり、特許庁としては、(手数料収入の面からも)たくさん商標登録をしてほしいでしょうから、商標登録ができるスペースをできるだけ広げておきたいというのが、本音なのではないかと思います。そうであれば、今後も大きな流れとしては、現在のような判断傾向が続くと思われます。

商標の類似範囲が狭いということは、上述したような懸念もある一方で、逆にいえば「自分も商標登録がしやすい」状況であるとも言えます。こういった点も踏まえれば、商標登録においては、より戦略的な視点が重要な局面にあると言えそうです。

最近は、何でも簡素化・効率化が求められるようになりました。
商標登録も、例外ではないと言えます。
費用を抑えるため、専門家には依頼せずに、自分で頑張る方も少なくないようです。
ですが、こういった戦略的な視点やセンスは、一朝一夕で身に付くものではありません

我々商標登録の専門家である弁理士は、単なる代行屋とか代書屋などではありません。 こういった戦略的な視点を踏まえた商標登録のご提案などができることこそが、弁理士が存在している意義であり、弁理士にご依頼いただくメリットだと考えます。

ぜひ、弁理士に依頼する理由を正しく知っていただき、頼ってほしいと思う次第です。