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続・商標関連ニュースで誤解しないために

<新着コラム> 2020年11月25日  ※2020年11月26日 一部修正

以前のコラムでは、一般の人々が商標関連ニュースに接した際に、その多くの方が誤解していると思われる点を指摘しました。そして、このような商標関連ニュースを誤解せずに、正しく理解するための注意点についても述べました。

「商標」については、ネットニュース等で取り上げられて、ある日突然話題になることが多いように思いますが、最近、また新しい騒ぎがネット上で起こったようです。

今回はどのような話題かというと、あるアパレル会社が、「ぴえん」を商標登録出願していることが判明した、というものです。

ちなみに、この「ぴえん」とは、泣きたいような気持を表現した流行の若者言葉で、目をうるうるさせた顔の絵文字とよく使われているという実状があります。SNSに馴染みがある方には、比較的よく知られているかと思います。ちょっと前でいうところの「てへぺろ」のようなタイプの言葉と言えるでしょうか。

では、なぜこの「ぴえん」が商標登録出願されたことが騒動に発展したのでしょうか。
そこには、やはり商標や商標登録に関する一般の方々の誤解が相変わらず根強いという理由がありそうです。ただ、今回は以前に話題となった「AINU」や「アマビエ」のケースとは若干異なる側面もあるように思います。

そこで、今回は以前のコラムで述べた内容の復習もかねて、最近の「ぴえん」の商標登録出願に関する騒動について、考えてみたいと思います。
※注:本コラムでは掲載の趣旨により、絵文字の著作権に関する言及は割愛しております。


1.「ぴえん」の商標登録出願が騒動になった理由とは?

今回の「ぴえん」も、基本的には以前に話題となった「アマビエ」の商標登録出願と同じ理由によって、騒動が起きたものと推測されます。

すなわち、誰もが使いたいもの、誰もが使う必要があるもの、広く一般に開放されていると考えられるものについて、商標登録をして独占しようとするなんてけしからん!!という感情を、多くの人々が抱いたことが原因だと思われます。

私(僕)も、SNSで「ぴえん」が使えなくなるの? ひどいよ!!

こういった被害者意識的な感情も、根っこにはあるのかもしれません。

個人的には、世の中のおかしいと思うことについて、正義感から声を上げる日本人の気質は素晴らしいと思います。しかし一方で、声を上げるにも、物事について正しく認識し、理解をした上でしなければ、とんでもない過ちを起こすことがあります。特にネット上では、「数が多い方が正しい」といった錯覚に陥りやすいので注意が必要です。

商標登録出願の話題についても同様で、商標や商標登録制度の基本について、ある程度はきちんと理解した上で発言するべきでしょう。たとえ正義感からの発言だとしても、それが誤解に基づくものであれば、「名誉棄損」や「業務妨害」となる可能性もあるからです。

実際、今回の騒動を報じたネット記事のコメント欄を見ても、その大半の内容は、商標や商標登録制度について誤解をしていると考えられるものでした。後述のように、商標登録を著作権と混同するケースはわりとよく見かけますが、今回は特許との混同をしているコメントも散見されたほどです。

残念ながら、我が国の一般の人々の商標や商標登録制度に関する正しい理解は、まだまだ十分ではないと言わざるを得ないのが現状です。


2.相変わらず誤解されている商標登録制度

私(僕)も、SNSで「ぴえん」が使えなくなるの? ひどいよ!!
今回の騒動を知って、このような心配をされた方も少なくないと思います。

結論から言いますと、そのようなことは起こりません。

商標や商標登録制度の基本をきちん理解していれば、これが無用の心配であることがわかります。では、その理由について、よく見られる誤解とともに見てみましょう。

※誤解についての詳細は、以前のコラムで述べておりますので、以下もご参照ください。
 ・「商標関連ニュースで誤解しないために①
 ・「商標関連ニュースで誤解しないために②


(1)「商標登録出願された」というのは、商標登録がされたわけではない

ある商標がネット上で騒動になる場合、その大半が「〇〇〇という商標が、商標登録出願されていることが判明!」というものであるように思います。

しかし、「商標登録出願された」というのは、まだ特許庁に願書が提出されただけの状態です。それから審査官によって審査がされ、これにパスしないかぎり、商標登録は認められません。登録が認められるまでは、その商標に何らかの権利が生じることはありません

つまり、「商標登録出願された」と「商標登録された」は、意味合いが全く違います。
出願されただけであれば、他人に「使うな!」と言える権利などないのです。

ちなみに、ただ出願をするだけなら、誰でも、どんな商標でも出せます。
それが商標登録を認めるべきではない商標なら、特許庁はしっかり登録を拒絶します

ネットニュースの煽り的な表現と、一般の方々の誤解が相俟って、このような話題がたびたび騒動になることがありますが、専門家であるわれわれ弁理士からすれば実はたいした話ではなく、騒ぐこと自体がナンセンスに感じられることも少なくありません。

あなたが商標登録されるべきではないと考える商標が出願されていても、まだ願書が提出されただけ。その後の審査で、特許庁はそのような商標にはたいてい登録を認めない、ということをぜひ覚えておいてください。


(2)商標登録は言葉を独占するものではない

仮に、今回の「ぴえん」が、今後の特許庁の審査で引っかからずに、商標登録が認められたとしたらどうなるでしょうか。

結論から言うと、たとえそうなったとしても、一般の人々がSNSなどで「ぴえん」を使えなくなるということはありません。

なぜなら、商標登録によって生じる「商標権」という権利は、その商標を、「商品やサービスについて」使うことを独占できるものだからです。つまり、商品やサービスについて使う行為でなければ、商標権の権利は及ばず、「使うな」と言うことはできないのです。

ですから、一般の人々が、日常生活で「ぴえん」と発言したり、ブログやSNSで「ぴえん」を使ったりすることは、何の問題もありません。何の心配もいらないのです。

商標登録は言葉を独占するものではないということを、ぜひ覚えておいてください。

※ただし、一般の人々が使う場合でも例外はありますので、ご注意ください。
  その点は、以前のコラムをご参照いただければと思います。


(3)JASRACのような機関に商標使用料を求められることなどない

商標登録と「著作権」を混同している人が非常に多い印象があります。

今回の「ぴえん」の騒動においても、今後、自分が「ぴえん」をSNSなどで使ったら、JASRACのような機関が使用料を要求してくるのではないかと心配している人も見受けられるようでした。

しかし、商標登録によって生じる商標権は、著作権とはまったくの別物です。

たしかに、著作権は、一般の人々の生活においても権利が及ぶ場合があります。
一方で、商標権は、上述のように、主に商品やサービスを取り扱う事業者による商標の使用行為に権利が及ぶものですから、一般の人々の生活に権利が及ぶことなどまずありません。
(JASRACのような機関も存在しません。)

この点、そもそもJASRAC自体が一般の人々にいろいろと誤解されていて気の毒だと思いますが、商標登録(商標権)と著作権はまったく違うものであることを、ぜひ覚えておいてください


3.「ぴえん」が最近の他の騒動ケースとは異なる点

商標登録出願がされたことがネット上で騒動となった最近の例としては、「AINU」や「アマビエ」がありますが、今回の「ぴえん」は、これらのケースと若干異なった点があると言えます。

ここで、出願された「ぴえん」の商標見本を見てみると、4段構成となっており、1段目には白黒の絵文字が左右に2つ、2段目にはベタ塗りで彩色がされた絵文字が左右に2つ、3段目にはグラデーションがかった彩色がされた絵文字が左右に2つ、そして、4段目には平仮名で「ぴえん」の文字が配置されています。

うるうるとした目をしたこれらの絵文字ですが、私の手元にあるスマホで入力できる絵文字とほとんど同じデザインのように見えます。SNSなどでは、必ずしもこの絵文字とともに「ぴえん」が使われているわけではないようですが、少なくともスマホなどの一般ユーザーには、「誰でも使えるはずの絵文字」という認識がされているものと言えるでしょう。

今回は、「AINU」や「アマビエ」のケースとは異なり、「ぴえん」の文字だけでなく、商標の構成にこのような絵文字を含んでいたことが、一般の方々に剽窃的なイメージを与えてしまい、「けしからん!」という感情をより増長させてしまったようにも思います。

ちなみに、ネット記事(J-CASTニュース)によれば、出願人であるアパレル会社は取材に対して、「・・・当社としては権利が不明なものに関して、商品化が出来ないという見解でおりますので、権利を確認した上で、商標登録出願に至っております。また商標の権利が不明でお取引先様に訴訟等でご迷惑をお掛けしないという保険的な意味もございます」と回答しているとのことです。

おそらく、上記の「権利を確認した上で、商標登録出願に至っております。」の部分は、「権利を確認する意味で、商標登録出願に至っております。」などとの聞き間違いではないかと思いますが、アパレル会社としては、使用しても問題がないかを確認するために出願をしたと言いたかったものと考えられます。

この言い分に対して、ネット上ではいろいろと言われているようですが、私には決して嘘やごまかしなどではないように感じられました。なぜなら、しっかりと強い商標権にしようとすれば、普通はこのようなおかしな構成の商標見本とはしませんし、商標実務の慣行としても、「商標として自由に使っていいかわからないものについては、出願をして特許庁の審査の結果によって確認する」ということが、戦略的に行われる場合もあるからです。

おそらく、出願人であるアパレル会社は、きちんと商標登録制度を理解した上で、法的リスクを確認するために、今回の商標登録出願をしたというのが実際のところではないか思われます。しかし、商標の中に「ぴえん」の文字だけでなく、誰でも使えるはずの絵文字を含んでいたこともあり、これが一層一般の人々の関心を惹いてしまい、多くの人々の商標登録制度に関する誤解も相俟って、大きな騒動に発展してしまった、というのが実のところでしょう。アパレル会社にとって、今回の騒動はさぞ寝耳に水だったことと思います

そうすると、アパレル会社が少々気の毒なようにも思いますが、現在は多くの一般の人々がSNSで発信される「商標情報(bot)」をチェックしている時代です。前例となる「AINU」や「アマビエ」のような騒動が生じるリスクももう少し考えた上で、今回は商標の対象を決めるべきであったかもしれません。また、本コラムでは触れませんでしたが、絵文字の著作権という点に関連して、本件の是非は議論の余地もあるかもしれません。


まとめ

「〇〇〇という商標が、商標登録出願されていることが判明!」
ネット上では、たびたびこのような話題が騒動に発展することがあります。

しかし、そこで語られる一般の人々の意見や主張の大半には、商標や商標登録制度に関する誤解があると言わざるを得ません。たとえ、正義感による発言だとしても、それが誤解に基づくものであれば、的外れな「言いがかり」になる可能性があり、「名誉棄損」や「業務妨害」につながるおそれもあります。

ネット上で声を上げることは大切ですが、商標関連ニュースに接する際には、記事の煽るような表現や、SNSで発信される「商標情報(bot)」などに惑わされないことが大切です。そして、商標や商標登録制度について誤解されることなく、正しい理解に基づいた議論がなされることを願う次第です。正しい理解こそが、日常の無駄な心配や不安を減らすのに役立つことを忘れてはいけないと思います。

<了>